ちょっと前に死に舞くんが「臨床美学」ということを言っていたけども(id:shinimai:20060619)、僕にとって臨床とは診断(diagnostic)と治療(traitement)によって成り立っていて、初期のArtaudが詩とか文学とかの名のもとでやりたかったことはまさにこの臨床だった。もちろん彼にとってこの「臨床系文学」が医学に取って代わるということではない。当時の医学では捉えられない問題(自我と言語の関係)を詩において捉えてみようということだ。おおざっぱにいうとCorrespondance avec Jacques RivièreL'ombilic des limbesLe pèse-nerfsとかで診断をして、L'art et la mortおよび恋人への手紙で治療を行うという感じだと思う。思うに今までいわば「基礎系」の立場でのみArtaudのテクストは読まれてきたのではないか。むしろ「臨床系」の立場から彼のテクストは読み直されなければいけないのではないだろうか。というか、僕にしてみれば文学とはすべて臨床だ。それは実はBretonにとってさえそうである。ただArtaudとBretonでその対象が違うのだ。おそらくArtaudはその違いに気づいていた。だから、彼は運動の当初からシュルレアリスムへの参加にためらいをもっていた(Marguerite Bonnet, André Breton. Naissance de l'aventure surréaliste, pp.381-382)。対象が違うのだから、たとえばXavière Gauthier (Surréalisme et sexualité)のように、両者を「シュルレアリスム」の名のもとに十把一絡げにして「シュルレアリスムは革命を目指していたのだ」というのは少々乱暴だ。ちなみにこの著者は二十年代に書かれたLe pèse-nerfsと晩年のBretonへの手紙などを同列に並べて論じていて、Artaud研究者にとってはどうなんだろうと思うところが多い。単純にいうと、初期のArtaudは(前回もいったように)失われた内面をどうやって取り戻すかということが問題であり、革命とはその問題と結びつく。しかし晩年になると、そもそも内面なんてない、という方向へ傾く。だから同じ革命といってもこれらを一緒くたにはできないでしょう。